平成22年12月選者選

井上泰至選 
特選
清記番号 
5  雑巾の針目不揃い一葉忌 碧蓮 
一葉の字は達筆だ。生きざまも折り目正しい。お札にもなったあの面持も端正で、襟を正したような背筋も想像される。しかし、彼女の人生は、不幸が襲い、市井に埋もれて、女家長の役目をひっそり果たしていた。雑巾の縫い目が不揃いなところが、そういう一葉の人生とどこか重なる。冷え冷えとした時期の忌日。端正な人に「不揃いの針目」の「雑巾」のような人生があるから、あの名文の数々がある。 
138  どちらとも思ひあぐねて小春かな 思案橋 紅鳴 
一大事の決断に迷っているのではない。時間をかけて迷っているわけでもない。メニューに迷ったり、道順に迷ったり、そんな程度の迷いなのだろう。少し忙しなくて、少し追い立てられるような。でもちょっとほっとできる。小春とはそんな感じだ。この微妙なところ、瑣事に迷える余裕が、この季題の新しい本意ではなかろうか。 
660  而して落葉降りつむ齢また 松風子 
何が何してどうなった。俳句では一番詠んではいけないパターンだ。しかしいきなり「而して」と改まって詠まれると、いろいろあった末また落葉の季節が来た、繰り返しの感が湧いてくる。こうしていったい何度落葉を見てきただろう。ふとそんな感慨に囚われる。深刻に振り返っているのではない。落葉の坦々と時を刻む感覚に、自分の時を重ねる「気分」を軽く詠んだのだ。 
佳作
清記番号 
89  息白く内緒話の洩れてをり 野田ゆたか 
199  片側にばかり石蕗咲く切通し 松村洗耳
290  極月の松は古針を払ひをり 
485  つまらなくなれば手袋して黙す 重田朝歩
567  悴める胸をすべりてネックレス 有季野菜
611  悴みし手に鍵穴の定まらず いずみ
758  御火焚や饅頭食へと権禰宜が 前川おとじ
771  告白は白息なして吐かれけり 松風子
791  アンテナのてっぺんが好き寒鴉 撫子
863  廃校の鉄棒ちじむ冬の月 剛一
 
坊城俊樹選 
特選
清記番号 
506  刑務所の塀のなかより風花す 青井 正行 
 風花が舞うのはいつも山の方からのような気がする。それは、荒涼とした平野に居るとき。刑務所もそういう大地に建っている。しかし、その中から風花がやってくる。遠い山から来たただの風花とは違う何か隔絶された空間からの風花なのである。 
546  冬日出づ荒ぶる雲の小洞より 安田豆作 
 冬の日が怒濤のようにあらぶる灰色で鈍色の流動する雲から現れた。渦潮の目のような小さな洞が見えたその一瞬に日が射し込んできた。横山大観の絵のような壮大なる日本画の日輪と思った。 
485  つまらなくなれば手袋して黙す 重田朝歩 
 つまらなくなる原因と、手袋をする因果関係はとくにない。しかし、自分の殻に閉じこもって防寒し防御する心持ちはわかる。そして、人は黙ってしまう。つまらないものが、手袋の中の手に触れないように人は黙すのである。 
佳作
清記番号 
358  木の葉髪解いて女でありにけり 持永 真理子 
67  白息を航路のごとく通学児 ゆう裕
127  冗談の通じぬ人とおでん鍋 思案橋 紅鳴
87  皇后の形ばかりの冬帽子 英世
567  悴める胸をすべりてネックレス 有季野菜
502  手のひらの大綿の青確かむる 平一兵
609  売る気なく煙草燻らし暦売る 今村征一
483  新しい落葉や古い落葉かな 三だる
202  解せぬことなれど師走の出来心 誠山
339  御火焚や小さき灯揺るる先斗町 前川おとじ
 
栗林眞知子選 
特選
清記番号 
473  古井戸の底に水あり月冴ゆる よし造 
昭和の中頃までは、田舎の裏庭に大抵井戸があった。夏は西瓜を冷やしたり、打ち水をするために、カラカラと水を汲みあげたり・・・・
平成の昨今、古井戸が残っていることが珍しい。大抵は空井戸であるが。
しかし、作者が古井戸を覗いたら意外にも底に水があった。冴えた月の明りで白々とした水が。
その美しさに驚くとともに、静かな、尖った、月夜の空気が作者を包んだのであろう。 
485  つまらなくなれば手袋して黙す 重田朝歩 
人生時々、つまらない・・・・と思う。
そしてどうしょうもなくつまらなくなる時がある。
そんな時は冷たくなった手に手袋をはめて、人の輪から離れるのが一番かもしれない。
黙って人の姿を見ているのが一番かも知れない。
手袋を詠んだ心情句として、しみじみとした思いが伝わってくる。
 
426  作りたる注連に埋もれて注連つくり 桔梗 
お正月に向けて、農家の納屋で注連縄を作っているのであろう。注連縄を作って農家の副収入とするのであろう。
注連縄が一つ出来上がるごとに積み上げ、最後にはその中に埋もれてしまうほどなのである。それは、納屋中の新藁の匂いの中に埋もれることでもある。
お正月も近い。黙々と注連作りに励む、ごつい手が見えてくる。 
佳作
清記番号 
93  訪へばピアノの止みぬ石蕗の花 丹後縮緬 
181  年用意夫に託して入院す 末廣 紀惠子
199  片側にばかり石蕗咲く切通し 松村洗耳
251  江戸小紋晒す町川冬霞 青井 正行
296  寒鰤に出刃包丁の重さかな よしほ
707  許さるる敵討ちあり冬桜 誠山
572  村中の噂話を聞く炬燵 丹後縮緬
657  石舞台ぬらし大和の初しぐれ 喜柊
812  しぐるるや衣を濡らす山頭火 黒船
865  咳の追ひかけて来る帰り道 思案橋 紅鳴