俳句の巨人たち −中世から近代へ(50音順)−


 阿波野青畝・あわのせいほ
明治32年生 俳人 ホトトギス課題句選者 「かつらぎ」主宰
高濱年尾の「猿蓑輪講」参加 クリスチャン信仰の中自在の境地へ。
○葛城の山懐に寝釈迦かな
 河東碧梧桐・かわひがしへきごとう
明治6年生 子規門下。 新傾向俳句を提唱。 自由律へと変遷。
近代詩的傾向となり無季俳句へ。 蕪村研究など。
○赤い椿白い椿と落ちにけり

 其角・きかく
1661年生 蕉門  俳諧師 芭蕉の高弟として江戸宗匠の名あり。
晩年は新規壮麗な作風に。
○声かれて猿の歯白し峰の月

 去来・きょらい
1651年生 俳諧作者 蕉門 「猿蓑」共編者 芭蕉俳論の「去来抄」も有名。
蕉門随一の人格者として師風を遵守した。
○君が手も交じるなるべし花すすき

 許六・きょりく
1656年生 俳諧作者 蕉門 芭蕉より「かるみ」の伴侶として嘱望される。
狩野派の戯画にもすぐれる。不易流行論・取り合わせ論を築いた。
○卯の花に芦毛の馬の夜明かな

 小林一茶・こばやしいっさ
1763年生 俳諧師 生涯流浪の生活を送る。俗語調の俳句。
農村の土着性をつらぬいた。滑稽味あふれるやさしい句。
○是がまあつひの栖か雪五尺

 山頭火・さんとうか
明治15年生 俳句的詩人 情緒的俳句の放浪詩人。
○分け入っても分け入っても青い山

 支考・しこう
1665年生 俳諧師 蕉門 随一の理論家。
「俳諧十論」にて風流・滑稽・さびを基調とした。
蕉門を自派拡張とともに全国へ大衆化。
○牛しかる声に鴫たつゆふべかな

 宗因・そういん
1605年生 連歌師・俳諧師 大阪天満宮にて月並連歌宗匠となる。
反貞門として談林派の中核となる。軽口俳諧などとも呼ばれた。「伏見千句」
芭蕉をして俳諧中興の祖と言わせた。

 宗鑑・そうかん
生不詳 連歌師・俳諧作者 俳諧独立の基礎を築いた。「犬筑波集」編者
○風寒し破れ障子の神無月

 宗祇・そうぎ
1421年生 連歌師 和歌・古典研究の権威。
各地有力者に「古今集」などの講釈や編著など多数。
○限りさへ似たる花なき桜かな

 高野素十・たかのすじゅう
明治26年生 俳人 医師 ホトトギス写生派の代表。「芹」創刊。
○甘草の芽のとびとびの一ならび

 高濱虚子・たかはまきょし
明治7年生 俳人 子規により俳句を授かる。
花鳥諷詠、有季定型、客観写生などを提唱。
ホトトギス創刊・継承し数々の近代俳句・俳人を育てる。「虚子俳話」など。
○咲きみちてこぼるる花もなかりけり

 貞徳・ていとく
1571年生 和歌・俳諧師 貞門俳諧の祖。
正式俳諧興行を開くなどして俳諧の機運を作る。「犬子集」による貞徳流俳諧の樹立。
○花よりも団子やありて帰る雁

 凡兆・ぼんちょう
生不詳 俳諧師 去来とともに「猿蓑」編集刊行 個性的で客観的な
叙景句を詠む。
元医師だが入獄などによりやがて芭蕉から離れて行く。
○時雨るるや黒木つむ屋の窓明り

 松尾芭蕉・まつおばしょう
1644年生 俳諧師 俳諧の中興の祖。 発句を月並みから乖離し文学とした。
「わび」の詩情の確立による蕉風の樹立。
不易流行と「かるみ」を目指す。
「俳諧七部集」「奥の細道」執筆。
○夏草や兵どもが夢のあと

 正岡子規・まさおかしき
慶応3年・1867年生 俳人・歌人 発句独立を説き俳句革新をする。
「俳諧大要」において写生俳句を提唱。山会の文章会で漱石など発掘。
ホトトギス創刊。「墨汁一滴」「歌よみに与ふる書」など。
○柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

 水原秋桜子・みずはらしゅうおうし
明治25年生 俳人 医師 「ホトトギス」課題選者 「馬酔木」創刊
客観写生より主観を提唱しホトトギスと決別叙情性俳句の発露へ。
○梨咲くと葛飾の野はとの曇り

 守武・もりたけ
1473年生 連歌・俳諧作者 伊勢神宮神官 「守武千句」著
神官の連歌として俳諧を確立。
○飛梅やかろがろしくも神の春

 山口誓子・やまぐちせいし
明治34年生 俳人 東大俳句会からホトトギスへ。
硬質の叙情により写生尊重のみには対抗した。
「天狼」創刊 取り合わせ配合論など。
○海に出て木枯帰るところなし

 与謝蕪村・よさぶそん
1716年生 俳諧師・画家。季題的俳句を推奨。
江戸を中心として離俗論を展開。地方蕉門を否定し多様性のある句づくり。
○春の海ひねもすのたりのたりかな

 嵐雪・らんせつ
1654年生 俳諧師 蕉門 其角とともに江戸蕉門双璧となる。
都会的傾向の中師の造化の教えを守る。平明な作品。